指先の記憶
- 2017/08/04
- 23:00
目の前でアイツがおれに背を向けて、1歩前に足を踏み出したのを、引き留めようと伸ばした手は、指先がアイツの二の腕の後ろをかすめただけで掴むことができない。焦って「行くな!行かないでくれ!!」って叫んだ瞬間、目が覚めた。気温はまだそう高くないというのに汗ダクで、なんとなく睡眠が足りてない気がするだるい体でシャワーの下に潜り込む。なんで今頃になってまた、こんな夢見たのかなぁ。もう何年もアイツの夢なんか見...
指先の記憶 2
- 2017/08/05
- 23:00
いつもと同じように出かける準備をして、玄関で靴を履き、背広のポケットに手を入れてハッとした。 しまった、今日は車じゃないんだ! 昨日、急な接待で飲んでしまったからそのままタクシーで帰ってきたんだった。 腕時計に目をやれば、ヤバい、バスじゃ遅刻する。 慌てて飛び出して、地下鉄の駅に走った。 就職したころは毎日乗ってたけど、営業に異動になってマイカー通勤するようになってからは数えるほどしか乗って...
指先の記憶 3
- 2017/08/06
- 23:00
おれは、大学3年に進級するとき休学して兵役に就き、転役後復学した。 なぜなら、就職試験を受けるにも兵役を済ませていることが条件になるからだ。 久しぶりに朝の地下鉄に乗ったおれは、窮屈な車内でいまみたいにほとんどバンザイするような格好で揺れに身を任せていた。 周りには制服姿の高校生らしき集団がひしめいていて、たぶん5才くらいしか違わないんだろうけど、自分がものすごくオッサンになった気がした。 目...
指先の記憶 4
- 2017/08/07
- 23:00
「お、おい!大丈夫か?!」 うずくまってしまったそいつの隣りに片膝をつき、顔を覗き込むと、額に汗を滲ませて青ざめ、ギュッと目を閉じ、微かに震えている。 「す、みません、ちょっと、めまいが。」 ムリに立ち上がらせるのはよくないと思って辺りを見回したら、特にジャマにはなってないみたいだったからそのまま背中に手を当ててじっとしていた。 ほんの数分だったろうか、次の電車の到着を告げる構内アナウンスにそ...
指先の記憶 5
- 2017/08/08
- 23:00
ビジネス街の真ん中にある駅で停まった電車のドアが開くと、ドクドクと動脈を流れる血液のように大量の人間が吐き出される。 その流れに沿って足を進め、押されるように階段を上り、地上に出てホーッと長い息を吐いた。 「おっはよ!」 能天気な声とともに肩をポンとはたかれて、顔だけで振り向くと想像どおりの人物がニヤニヤとおれを見上げていた。 「おはよう、ドンへ。昨夜はお疲れ。」 「おう!班長もな。」 一応...
指先の記憶 6
- 2017/08/20
- 12:00
数メートル前をもつれながら歩いているふたりに追いついて、間に割り込みふたりの肩に腕を回す。 「おまっ、腕だけでも重いんだよぉ~」 「何大げさなこと言ってんだよww」 3人で一塊になって歩いて会社の手前まで来たとき、ふいにウニョクが斜めにおれを見上げた。 「なあ、あのウワサ聞いたか。」 「ウワサ?」 「ああ、あれな。」 今度は反対側からドンへのしたり顔がおれを見上げる。 歩く速度が急に落ちた...
指先の記憶 7
- 2017/08/27
- 12:00
「吸収って、リストラされるってことじゃねえの?」 「おまえは大丈夫だろうよ。」 ドンへののんびりした声。 「けど、この不景気にリストラされたら次の就職先なんて簡単に見つけられないだろうし、路頭に迷うことになるぞ。」 「あくまでウワサだけど、向こうさんが丸抱えしてくれるらしいよ。」 なんだ、だからのんびりしてんのか。 「太っ腹な会社なんだな。で、どこ?」 教えてくれたのは、我が国民ならほとん...
指先の記憶 8
- 2017/09/03
- 12:00
ドンへとウニョクの情報どおり、我が社は財閥系の大きな会社にそのまま飲み込まれた。 合併に伴うリストラはなかった代わり、労働条件というか求められる労働姿勢が一気に厳しくなるから、嫌なら辞表を出せと遠回しに書いた回覧がきて、希望退職に応じた場合は退職金が既定の1.5倍になると書かれていた。 その金で商売を始めようとする者、楽な働き口を探すという者、おれの周りでも何人か手を上げて、自分の意思で退職して...
指先の記憶 9
- 2017/09/10
- 12:00
始業5分前、朝礼を始めるべくチーム長がそれぞれの島の前に立ち、なんとなくおれもヒチョリヒョンもトゥギヒョンを窺い見る。 トゥギヒョンもおれたちに顔を向けてひとつうなずいてから口を開きかけたそのとき、ドアがノックされ静かに開かれてひとりの男が入ってきた。 ドアノブを掴んで開けたドアを体で押さえるようにして、空いた手のひらを上にして後ろの人物を恭しく中に招き入れる。 その人物をひと目見て、おれは我...
指先の記憶 10
- 2017/09/17
- 12:00
なんでアイツがここに?! おれはびっくりしてアイツから目を離せずにいるっていうのに、アイツはおれを一瞥しただけで顔色ひとつ変えず、本部長室に通じるドアがある壁の中央付近から、こちらを見渡すように姿勢よく立った。 「みなさん、おはようございます。今日付けで営業本部長を任ぜられたシム・チャンミンです。経験不足で、わからないことも多いと思いますので、どうかご指導お願いします。」 深々とお辞儀するさま...