命綱 202
- 2021/09/11
- 23:00

「戸締りできたぞ。」「ああ、お疲れさま。ぼくももうちょっとで終わる。保存、と。OK、終わったよ。」「チャンミンもお疲れ。じゃあ帰ろう。」「うん。」今日も客席は大入り満員。最近はアジアだけでなく、アメリカやヨーロッパからも観に来てくれる人がいる。裏口のドアを開けると雨が降っていた。「ああ、降ってたんだな。」「本当だ。ちょっと待って。」チャンミンは事務室に戻って傘を一本持ってきた。「はい。」おれより背が...
命綱 203
- 2021/09/12
- 23:00

養母が亡くなったあとのチャンミンは酷い落ち込みようだった。前夜まで元気だったのに知らないうちに亡くなっていたから、「たとえ一日でも看病したかった。」とチャンミンは泣いた。おれは養父も兵役中に亡くなってから知らせがきたし、養母も同じ屋根の下にいながらまったく気づかなかった。なのにおれは看病したかったなんて思いつかなかったのは、関わり方が違ったからだろうか。おれだって悲しくないわけはないし、寂しいと思...
命綱 204
- 2021/09/13
- 23:00

養母がいなくなっても日々の暮らしはあまり変わらない。おれたちはいつだって劇場を中心に回っていて。おれは朝の掃除から夜の戸締りまで。チャンミンは昼食の支度から経理の締めまで。ふたりの会話もほとんどが劇場に関することだ。個人的なことで変わったことといえば、、夜はふたりきりになった分、ちょっとだけおれの動きが激しくなり、チャンミンの声が大きくなった、かな。「ユノ、何ニヤニヤしてるの?」「へ?あ、いや、別...
命綱 205
- 2021/09/14
- 23:00

面接を受けに来たダンサーの中にイ・テミンがいるのに気づいて、チャンミンを連れてその場を離れた。「あれ、イ・テミンだよな。」「うん、そうだよね。」「おまえ、ミノから何か聞いてるか。」「ううん、何も聞いてない。」ミノは先週も仕事の相談に来てたけど、そのとき何も言ってなかったんだったらもしかして知らないのか?だからといってそれはあのふたりの問題で、おれたちが立ち入っていいことじゃない。「おれたちは知らん...
命綱 206
- 2021/09/15
- 23:00

自分で持ってきた音源をかけて、ひとりひとり踊ってもらう。最初は経験者から。さすが経験者は基本ができている。だけど、しばらく仕事から離れていて体の線が崩れていたり、ダンスの切れが悪かったり、降り付けが古臭かったり。ひとりだけ、おれよりかなり年上だけど、体がよく絞れていて、でもボリュームはあって、ダンスのセンスもいい。おれはその人の履歴書に印をつけた。チャンミンにはチャンミンの考えがあるから、またあと...
命綱 207
- 2021/09/16
- 23:00

テミンの動きと音楽がやんで、一瞬の静けさのあと場がざわついた。「すごかったね。」となりからチャンミンが身を寄せてきて耳元でささやく。おれも小さな声で、「ああ。」とだけ返した。「みなさん、今日はお疲れさまでした。ウチで踊っていただきたい方には後日連絡させていただきます。」「あの、連絡が来なかったら不採用ってことですか。」アイドルを目指していた子が恐る恐る訊いてくる。「申し訳ありませんが、ウチとは縁が...
命綱 208
- 2021/09/17
- 23:00

「28?そんなはず?!チャンミン、ミノっていくつなんだ?」「えっと、満で言うなら今年で30、だっけ?」テミンに確認すると、憮然としてうなずく。「2コしか違わなかったのか?おまえたち。」「そうだよ、なのにミノヨンは僕のこと子ども扱いしてあれもダメこれもダメって。」ミノならあり得るかもしれないけど。「だからって反発してこんなところへ来なくても」「反発してるわけじゃないよ!僕はずっとここに来たかったんだ。あ...
命綱 209
- 2021/09/18
- 23:00

「さあテミンくん、ミノに連絡して。晩ご飯いっしょに食べよう?」「え、じゃあ、助けてくれるの?」「あー、助けるかどうかはわかんないけど、おれたちにも関係あることだからな。そばで応援はしてやる。」「応援って、、黙って見てるってことでしょ、それ。」「だけど、そばに他人がいればふたりきりのときとは話が違ってくるんじゃない?」チャンミンとおれは同じ考えみたいだから、たぶんふたりとも黙って見ているだけじゃない...
命綱 210
- 2021/09/19
- 23:00

「ただいま~」玄関でチャンミンの声がして、そのあとに「おじゃましま~す。」とテミンの控えめな声が聞こえた。おれはふたりを待っている間に着替え、居間のテーブルに箸とスプーン、取り皿を人数分出しておいた。「ああ、ユノありがとう。」「へえ、気が利くじゃん。」「おまえが言うな。」テミンはペロッと舌を出して笑っている。初めて会ったときと全然印象が違うな。「ミノはこの近くで仕事してたらしくて、すぐ来るって。」...
命綱 211
- 2021/09/20
- 23:00

ふたりで手分けして、大きな皿に天ぷらやチキンを盛っていく。「あ、」テミンが天ぷらを一切れテーブルに落として。「だいじょぶだいじょぶ。」落としたのをおれが指でつまんで口に放り込む。「え、」「チャンミンにはナイショな。」テミンが笑いながら『うん。』とうなずいた。おれが汚れたテーブルと指をティッシュペーパーで拭いていると、玄関の呼び鈴がなる。「あ、ミノヨンだ。」うれしそうにそう言ったテミンは玄関めがけて...