シルクとコットン 392

「もちろん覚えていますよ、マダム。藤色のワンピースがお似合いでした。」



職業柄、顔はうろ覚えでも着ていた衣服はよく覚えている。



名前は最初から覚える気もなかったけど。



「あら、本当に覚えてくださってるのね♡」



言葉の後ろに♡が見えるほどうれしそうに笑ってるマダム。



ここに来た目的を忘れてるんじゃないか？



「あ、そうだわ。今日はおしゃべりしに来たんじゃないの。先日、マダムリーがお召しになってた藍染がステキだったから、私もあれでワンピースを作ってほしいんだけど。えっとその、おいくらくらいになるかしら。」



一口にセレブと言っても、ふところ事情はそれぞれで。



着ている服も持ってるバッグも履いてる靴も名の通ったブランド物だけど、少々くたびれている。



仕事の関係かなんかで、必死でセレブの仲間でいるように見えて、ちょっと哀れに思えた。



「大丈夫です、コットンですからそれほどお高くはありませんよ。いまお召のお洋服よりはかなりお得です。」



ホッとしたのがわかって、ますます哀れに思う。



人間、背伸びし続けるのは辛いよな。



「それから私がここにきたことを、それとなくでいいから奥さまに、マダムリーに言っといてね。」



お願い！と顔の前で手を合わせる顔は真剣だ。



「では後ほど、芳名録にお名前と連絡先をご記入お願いします。」



後ろに控えていたトゥギヒョンがタイミングよく切り出してくれた。



「先に採寸と、詳しいデザインの打ち合わせをしましょうか。」



試着室を手で示して促し、いっしょに来た人のほうに目を向けた。



「ああ、あの人たちは既製服を買うらしいから。」



「そうですか。ですがせっかくお連れくださったんですから、よろしければごいっしょにお茶でもいかがですか？」



「お茶がいただけるの？」



「はい。ウチをごひいきくださる方にはゆっくりなさっていただきたいので。ご希望はございますか？なければコーヒーをお出ししますが。」



「ええ、ええ、コーヒーをいただくわ。みなさん、お茶をいただきましょう。」



これで連れてきた友だち（たぶん）にもいい顔ができるだろう。










最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ランキングに参加しています。



にほんブログ村